風の谷の板

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トピックは何でも結構です。ご自由にお書きください。
ちなみに最大文字数は全角で2282文字くらいです。


墓所の番人の言葉「交代」について - アホガラス

2015/11/17 (Tue) 22:42:44

7巻200ページで、墓所の番人の言葉に「交代はゆるやかに行われるはずだ」とあります。ここでいう交代とはいったい何と何の交代なのでしょうか。ナウシカ推考その1では、交代とは旧人類の新人類化のことであると解釈されています。しかし、同巻199ページで墓所の番人は「汚染に適応した人間を元にもどす技術」と言っており、元に戻す技術を施すことを「交代」と称するのは不自然である様に思います。ここでいう交代とは元に戻った旧人類と新人類の交代のことではないでしょうか。つまり、ここで墓所の番人が言いたかったのは、清浄の朝を迎えても旧人類は即座に死滅する訳でなく、ごく自然な形でゆるやかに新人類と入れ替わっていくんだよ、ということではないでしょうか。

Re: 墓所の番人の言葉「交代」について - ミト

2015/11/21 (Sat) 17:52:48

自分もアホガラスさんの仰る通りの「交代」であろうと解釈しています。


以下、本来は別に新規投稿すべきなのかもですが、原作に対する一方的な個人的感想に過ぎず、それでも書き込みたいという思いからここに書くことをお許しください。

1.王蟲と新人類の卵は差別して扱ってはいけなかったのでは

ナウシカはラストの場面で後者を破壊していますが、きっかけはどうあれ生まれた命という点で王蟲同様慈しむ、というのが本作におけるナウシカの振る舞いとして正解だったのではないのでしょうか。

破壊した後の彼女の台詞からは、巻き添えとして死滅さてしまったのではなく存在を認められないから死滅させたのだと自分は読み取っています。この破壊行為はどうも納得できません。

2.間違いを繰り返すとしてもそれが人間だから、という考え方

自分は同意出来ません。解釈に誤解があれば指摘して頂きたいのですが。

無論、間違えつつも正しいものへと改善されていく過程は尊いものであるとは思います。しかしそこには必ず個々の犠牲が生まれているわけで、その一人一人にとってはそんな言葉で片付けられてしまってはたまったものでない、のではと思いました。

具体的に想定しているのは「いじめ」や「内戦」等です。

そんな繰り返しで犠牲になる人がいるぐらいなら墓所の主がやろうとしていた遺伝子改変ぐらいのことは受け入れてやったって良いではないか、と思ったのです。それぐらいの不幸の分担はしてやるべきだ、と。
まあこの意見が乱暴だとしても、一方的に卵を破壊し尽くしたナウシカの判断にはこの点からもやはり賛同できません。

お暇でしたらどなたでもお返事下されば幸いです。

>アホガラスさん
レスついでにここに無関係な話題を書き込んでしまい、ごめんなさい。

Re: 墓所の番人の言葉「交代」について - Ace@管理人室

2015/11/26 (Thu) 14:49:47

アホガラスさん

墓所の言う「交代」とは、ナウシカら現人類と腐海を含む現生態系から、墓所と庭園に保管・保存されている種による新しい生態系への交代だと思われます。
やがて『清浄の地』がさらに広がり十分な大きさになった時、墓所や庭園から新人類や動植物が移住して、新しい社会と生態系を形成するでしょう。
その時点では、世界は『清浄地域』と『汚染地域』に分かれていて、恐らくその頃には全ての汚染地域が腐海に呑まれているでしょう。
旧人類の子孫はその腐海の中で、『森の人』として生き残っているかも知れません。時間の経過とともに清浄地域はさらに拡大し、新人類や新生態系は益々繁栄していくでしょう。
一方、汚染地域は縮小していくので、旧人類と旧生態系は徐々に死に絶えていく事になります。これが『緩やかな交代』の概要だと思います。

墓所が旧人類を清浄な環境へ適応させる事については、いくつかその理由が推測できます。
まず一つは、気性に問題のある旧人類とはいえ、完全に見捨てて滅びるにまかせるのは忍びない、という墓所(というか旧文明の科学者たち)の倫理観。
もう一つは、誕生したばかりの新人類の世話や教育、下働きなどにある程度の人手が必要だろうという事。これに関しては、すでに『教団』が似たような位置付けにある。
いずれにしても、徹底的な選別がなされた上での『受け入れ』であるはずです。
と言うのも、ただ単に全ての旧人類を正常な環境へ適応させただけでは、「元に戻った旧人類と新人類の交代」は起こりえないからです。
闘争心を持たない新人類は、旧人類に主導権を奪われてしまう可能性が高い。最悪、迫害されて滅びてしまうかもしれない。
それは、墓所の計画の完全な失敗を意味します。
そうならない為には、前述のような旧人類の徹底した管理が必要なのです。

墓所が創ろうとしている世界は言うなれば、『旧約聖書の楽園』そのものです。
作者は、墓所を建造した旧文明の科学者たちの思想を、明らかにユダヤ教やキリスト教原理主義をイメージして描いています。
つまり、新人類とは『原罪を犯す前のアダムとイブ』であり、『清浄の地』とは一点の汚れも無い『エデンの園』なのです。
そこに追放されたアダムとイブの子孫である旧人類を受け入れる事は、それこそ精神構造ごと作り変える事でも出来ない限り、基本あり得ないという事はご理解いただけるでしょう。

Re: 墓所の番人の言葉「交代」について - Ace@管理人室

2015/11/26 (Thu) 17:29:36

ミトさん


ご投稿ありがとうございます。


>1.王蟲と新人類の卵は差別して扱ってはいけなかったのでは

ナウシカが『新人類の卵』の存在を知ったのは、オーマが卵を破壊して墓所の主が「ウオンウオン」泣いてた時だと思いますよ。それ以前には、ヒドラとのやり取りの中でも触れられてませんし、見たわけでもないですから。
これだと「未必の故意」も成り立たないと思いますが、「存在を認められないから死滅させた」と解釈するのは些か恣意的ではないかと。


>2.間違いを繰り返すとしてもそれが人間だから、という考え方

そんな考え方を肯定する人間は極少数だと思いますよ。
もちろんナウシカも宮﨑駿も肯定していません。
「間違いを繰り返すのが人間だから自分も間違っていい」と自己正当化するのと、「人は同じ過ちを繰り返す生き物なのだろうか」と懊悩することは全く違いますよ。

「いじめ」や「内戦」のくだりに関しましては、申し訳ありませんが何が仰りたいのかよく分かりませんでしたので、出来たらもう少し具体的にお願いします。

Re: 墓所の番人の言葉「交代」について - ミト

2015/11/28 (Sat) 17:36:23

管理人さん

レスを下さりありがとうございます。

1.について

ご指摘の通り、僕の方で誤解があったようです。「卵もあるぞ。オーマよ、墓所もろとも壊せ!」ではなかったんですね。「墓所を壊せ。やったか。そして卵も壊れたのか」の順番だったのですね。

ただそれでも腑に落ちないです。『卵があったとしてもやってしまえ』的な思いでナウシカがオーマに指示を出したという印象が拭いきれません。
以下の(イ)(ロ)はその理由です。(ハ)(ニ)は補足みたいなものです。

(イ)墓所の主の嘆きの理由を「卵が死ぬ」からだとナウシカが断定的に述べた事実は卵破壊という事態が彼女にとって想像に難くなかったことを示していると思われる

(ロ)ナウシカが墓所の主と「生物をすべてとりかえる」話云々をしていることから、その手段のひとつとして卵等が存在しているかもという可能性は世間一般のものの考え方として当然に思い付くべきことである

(ハ)仮に「オーマよ光をおくれ」の時点においてナウシカの脳内から卵存在の認識が抜け落ちていたのなら墓所の主の嘆きシーンでの彼女の台詞は「もしかしたら技術文書等でなく命そのものが既に存在してしまっていたのかもしれません」という内容にする方が彼女の認識を誤解なく読み手が理解できると思われる

(ニ)「罪深さにおののきます」「私達のように~となるはずの卵です」という台詞は巻き添えで死滅させてしまった場合にはマッチしていないように自分は思える。罪深さにおののくというのは自身の故意について言うべき言葉であって過失について言うのはやや違和感が自分はある

管理人さんはいかが思われますでしょうか。2.についてはまたの機会にさせていただきたいと思います。長文失礼いたしました。

Re: 墓所の番人の言葉「交代」について - Ace@管理人室

2015/12/01 (Tue) 13:39:53

ミトさん

墓所との対決の中でナウシカは卵の存在に薄々勘付いていた、と考えられます。
ナウシカが卵の存在に驚いていなかったのは、墓所が何のために存在しているかを考えた場合、別段意外なことではなかったからでしょう。
しかし、それが彼女の行動を変えることはありませんでした。
なぜなら、ナウシカにとって最優先だったのは、世界の『自然な状態』の復元、即ち【墓所の破壊】だったからです。

生態系というものは、コントロールされていない状態が自然なわけですから、その状態に戻すためには、その自然に干渉する墓所は無くさなければならない。
しかし、新人類については、それも一つの命なわけですから、殺そうと思っていたわけではないでしょう。

ナウシカ(作者)は、「生命の意味や価値は、それを生み出した者の意図や生み出された経緯では無く、その生命自身によって決まる」、という信念を持っています。
実際、庭園のケストらは新人類と同様の存在ですが、ナウシカが彼らに違和感を持っても、その存在を否定すると思いますか?
あるいは、庭園にも新人類の卵があったとしたら、ナウシカはそれを壊しに行くと思いますか?

暴力で決着をつけることも、瀕死のオーマに更に攻撃を強いることも、自分や周りの人間たちを巻き添えにすることも、穏やかな人間の卵を殺すことも、どれもこれもナウシカにとっては辛い選択だったはずです。
それでも、「世界をあるべき姿に戻す」、という最優先事項のために、あえて苦渋の決断を下したのです。

また、【罪】というものは故意・過失にかかわらず、単純に行った行動そのものに対して言及されます。
そもそも、卵を破壊したことを【罪】と捉えていることが、ナウシカがその行動を「正しくない」と考えていることを示しています。
つまり、卵を破壊することは望ましくないが、より望ましくない墓所を破壊するためには犠牲もやむ無し、という判断です。

近年、多くの人が誤解されているのですが、争い事というものは本来、八方丸く収まる形で決着することは極めて稀なのです。
時間的・空間的・その他様々な制約がある中で、常に理想的な手段が選択できるとは限りません。
現実には多くの場合、何も犠牲にしない最善策ではなく、何かを犠牲にした次善策を選択するしかないのです。

その時に重要なのが、明確な【優先順位】です。
これは私たちの日々の生活においても言えることです。
【優先順位】を間違えると、大抵物事は悪い方向へ進んでいきます。
自分自身の理性で優先順位を判断し、たとえそれが最善ではなくても行動し、その全ての結果に責任を負う。
そういう人間だけが未来を作れるのです。

失礼します。 - 虚無

2016/01/03 (Sun) 01:04:57

管理人様、お久しぶりです。
突然、このスレッドにお邪魔して申し訳ありません。
以前に他のスレッドで管理人様に自分の考え方がうまく伝わっていないように思われましたが、時間的制約もあり議論を中断していた者です。

この度、ふと立ち寄らせて頂き、このスレッドを読んで、現タイミングなら私の考えが伝わりやすいかもしれないと思い立ち、僭越ながら投稿させていただきました。ミトさん、アホガラスさん他の方に対する失礼含めお許しください。すみません。



さて、本題に入りますが、
「生態系と言うものはコントロールされていない状態が自然なわけだから、その状態に戻すためにその自然に干渉する墓所はなくさなければならない」
がナウシカと作者の考えだと思うのですが、
私はそれとは異なり、「人類も自然の中で発生した自然の一部であるため、人類が生態系をコントロールすること自体もいわば『自然な状態』である」と考えます。
人類の行動自体も自然の一部であり、
「生態系は、これまで火山や隕石などの自然から干渉を受け変化したり破壊されたりしてきたのだから、人類という自然から干渉を受けて変化したりコントロールされたりすることもあるだろうし、別にそれ自体は特別なことではないだろう」といった具合です。

それと比べ、「人類より自然の摂理を上に置いて、あるいは人類の意思や行動を慎んで、『星にまかせるべき』『自然に委ねるべき』などと考えるのは、人類の主観に満ちた(ある意味人類を特別視した)独断なのではないか」と思えるのです。(そもそも自然・地球の一部である人類が何をしようと、自然・地球は何かを感じるといったわけではなさそうですし。)
そんな『慎んで自然に委ねるべき』といった人類の行動を特別視した考え方が必ずしも良くないとは思いません。「自然を甘く見て干渉するとしっぺ返しが来るぞ」といったような警鐘を鳴らす意味はあると思います。しかし、それに縛られることで人類の主観、人類を特別視する価値観が過ぎた形で、行動が制限される場合も生じうるのです。

様々な視点に立つことが重要だと考えます。

墓所としては、「人類含め生態系をコントロールしてでも、平和で豊かになればいいな」などと考えていたと思います。
そしてナウシカ達と共存することは許さなかった(しかし、余談かつしかも想像ですが、ナウシカの言動次第ではある程度歩み寄る姿勢はあったようには思われます)。
ナウシカはそんな墓所とは相いれず、「自然や生命への侮蔑だ」といった自身の好きな信念に従って(卵が存在している可能性を感じながらも)暴力を用いて墓所を破壊・排除しました。

何が言いたいかというと、墓所もナウシカも、「世界をあるべき姿にしたい」とは考えていたはずです。
しかしそれぞれの考える「世界のあるべき姿」のところに大きな相違があり、(双方とも排他的であったが故か)それを為しうるための【優先順位】も独善的となり、最終的には戦争になったのです。

私が墓所にもナウシカにも共感できないのはそのためです。双方とも自分の好きな価値観をぶつけ合い暴力に訴えただけなように思えるからです。
ナウシカも作者も墓所も、もっと様々な価値観を尊重する姿勢を持つべきでした。

(「風の谷のナウシカ」という作品の根幹には、『人類によるバイオテクノロジーが何かヤバそうに感じて生理的に嫌い、この数千年ほどの身近な生態系が好きな作者』の(一人の人類としての主観的な)好みと持論が、これまた作者好みで自作した「自然・生命に人類が干渉するのは冒涜だ!」的な一種の生命賛美歌(?)になぞらえながら、暴力的に展開されているだけなのではないでしょうか?
そして誤解かもしれませんが、管理人様も同様の価値観に縛られてはいませんか?)

私は
「なるべく様々な害的要素を治め、安心して希望を持ち相互に認め合い助け合いながら、生きていくことを肯定できる社会・世界」
が世界のあるべき姿であると思います(その程度は個々人の尊重されるべき価値観によって様々でしょう)。
そして、そんな社会・世界の実現に反対する人はおそらくいないでしょう(いたとしても非常に秩序を乱すタイプのパーソナリティなので司法的もしくは精神医学的に(現代ではなかなか困難ですが)治療されるべきだと考えます)。

そんな社会・世界の実現のための方法を我々は慎重に考え、暴力を用いず議論し選択していくべきなのです。
例えばですが、安全のために自然や生態系や遺伝子をコントロールする方法をしっぺ返しなどに注意しつつ慎重に考慮してもよいでしょう。
ただし中には、遺伝子を改造されたくない人(逆にされたい人も)もいるでしょうから、それぞれの価値観を尊重する姿勢がまず重要ですが。


このような形で、しかもまた長くなってしまい大変失礼しました。
また時間ができれば元のスレッドでの議論を再開できればと考えております。
よろしくお願い致します。


蛇足ですが、
ナウシカの語る「生きることは変わること」には共感できます。
私は、様々な価値観に触れ、自身の価値観を変えて更新し続けたいと考えています。(必要かつ安全だと思ったなら、自身の遺伝子を改造してもいい、とも思っています。)
誰もが価値観の更新を続けることが、お互いの価値観を尊重することにもつながると思われるからです。

Re: 墓所の番人の言葉「交代」について - Ace@管理人室

2016/01/06 (Wed) 22:33:05

虚無さん、お久しぶりです。
2016年初のご投稿、ありがとうございます。
議論へのご参加ならば、いつでも大歓迎です。


>「人類も自然の中で発生した自然の一部であるため、人類が生態系をコントロールすること自体もいわば『自然な状態』である」

確かに人類はずっと昔から生態系を含む周辺環境をコントロールしようと試行錯誤してきましたから、その行為・発想自体は別段珍しいものでは無いとも言えます。しかし、元々それは周辺環境をコントロールする事によって、自分たちの生存を安定させる事を目的としており、そういった意味では【生物同士の相互干渉】の域を出ないものです。それは人間を含めた自然の【健全な活動】と言えます。しかし、墓所のやろうとしていた『コントロール』とは、そういった『干渉』とは根本的に異なるものでした。この違いをきちんと理解していないと、ナウシカと墓所の対立の本質は見えてきません。


>「人類より自然の摂理を上に置いて、あるいは人類の意思や行動を慎んで、『星にまかせるべき』『自然に委ねるべき』などと考えるのは、人類の主観に満ちた(ある意味人類を特別視した)独断なのではないか」と思えるのです。

「星にまかせるべき」「自然に委ねるべき」という言葉を、「人類の意思や行動を慎むべき」という意味に受け取っているようですが、それは大きな勘違いです。自然主義とは本来、個や種としての活動を抑制するものではありません。人間を含む全ての生き物がそれぞれ個体、あるいは種族として主体的・利己的に活動した【結果】そのものが【自然】と呼ばれる概念なのです。それを踏まえて作者は、「結末は星(全)によって決まるものだから、自分たちはただ(個として)精一杯生きる事だけ考えよう」という、生物としての本来に立ち返った考え方を提示しているのです。


ナウシカと墓所の対立を分かりやすく喩えてみましょう。
まず目の前に複雑な絵が描かれたキャンバスがあると想像してみてください。その絵はずっと昔から沢山の人間が少しずつ描き足し、塗り重ねて来たもので、今はあなたが筆を握っています。あなたがこの絵を良くするにはどうしたらいいだろう、と考えていると、そこに何やら意識高い系の人が現れ、こう言いました。
「この絵はゴチャゴチャして美しくない。この上にいくら描き重ねても良くならないだろうから、一度全て洗い落としてしまおう。その後、真っ白なキャンバスに私が最高の絵を描いてやろう」
そして、その人は絵にバケツの水をぶちまけようとしています。当然、あなたはその人を止めます。その絵は、沢山の人々が生きた証であり、そこには彼らの思いが込められているからです。しかし、その意識高い系の人は、「この方が絵は良くなるはずだ」と、頑として主張を変えません。さて、この時あなたはどんな行動がとれるでしょうか?

この両者の違いは、それぞれの【価値観】にあります。
前者は絵そのものよりも、それが描かれてきた今までの経緯、そして『絵を描き続ける』という行為に価値を見出しています。一方、後者は経緯がどうであれ、最終的に『完成された絵』そのものに価値があると考えています。言うまでもなく、この前者の立場にあるのがナウシカ、後者が墓所です。
ナウシカの考える世界を『良くも悪くも変わり続ける世界』、すなわち【生きた世界】と表現するなら、墓所の創ろうとしている世界は、『完全な形で変わらず存在し続ける世界』、すなわち【世界の剥製】のようなもの、と言えるでしょう。

このように根本的な目的・価値観が違っている場合、議論というものは成り立ちません。何故なら【議論】とは、同じ目的を共有した者同士が意見を出し合い、より良い手段を導くための作業だからです。
問題を解決する上で何よりも重要なのは、まず状況を正確に認識することです。対立の本質が、【目的の違い】なのか【手段の違い】なのか見極めなければなりません。もし目的が同じならば、その問題は対話によって解決することが可能です。しかし、目的が根本的に異なる対立の場合、解決方法は【懐柔】、【譲歩】、【隔絶】または【制圧】しか残りません。

先に書いた通り、ナウシカと墓所の対立は【目的の違い】に依るものでした。まず墓所はナウシカを懐柔しようとしましたが、ナウシカの信念は固く、失敗しました。墓所を封印したいナウシカと影響力を維持し続けたい墓所、真っ向から対立する両者に互いに譲歩できる点もありませんでした。両者の存在そのものが干渉し合うので、隔絶して別々に併存することも不可能でした。結果、残った手段は相手を制圧することだけ、となります。
虚無さんは問題の状況を具体的に考察することなく、『異なる価値観の尊重』や『非暴力』を繰り返し唱えておられますが、それはただ思想に固執しているだけで、問題そのものに向き合っているとは言えません。

確かに仰るとおり、様々な視点に立つことは重要です。異なる価値観を尊重し、対話し、お互いを理解し合って、平和的に問題を解決しようという努力は大切です。しかし同時に、そういったものにも限界があることは理解しておかなければなりません。戦後の日本の教育が先の大戦への反省から極端な平和主義・理想主義に傾倒するあまり、まるでそれがあらゆる紛争を解決しうる唯一無二の正解であるかのような盲信に、虚無さんも含め多くの人が陥っているように思います。『SEALDs』や『憲法九条を守る会』などその最たる例でしょう。

問題は解決しなくてはならない。問題解決の手段は、平和的なものが望ましい。誰も傷つかない、誰も傷つけない方法で問題が解決できるなら、それが最善です。しかし、それで問題が解決できない場合には、平和的な手段を断念することも必要になってきます。個々の状況の違いを無視し、結果を想定することもせず、「何が何でも平和的に」と言い続けるのは単なる思考停止であり、問題の解決よりも平和主義を貫くほうが大事、と言っているのと同じことです。そんなものはただのカルトと何も変わりませんよ。


最後に作者の思想について。
宮﨑駿の作品、そして言動から、彼が自然主義者であることは間違いないでしょう。しかし、バイオテクノロジーなど新しい技術に対する不安や警戒心は、多くの人に共通する感覚だと思います。何故なら、よく分かってないものに手を加えるという行為は、常に予期しない結果を引き起こすリスクを孕んでいるからです。一方、自然な変化というものは基本的に安全であり、想定外の事態になることはほとんどありません。

こんな話を知っていますか?
かの毛沢東は、米を食べるスズメを害鳥として駆除した結果、スズメが食べていた害虫が大量発生し、結果、凶作を引き起こし大量の餓死者が出たそうです。

このように現状の成り立ちを十分に理解しないまま、思いつきで自然に手を加えることは、実際、非常に危険な行為なのです。つまり、バイオテクノロジーに限らず、自然に手を加えることを危険視するのは、ただの生命賛歌ではなく、それなりに根拠もある、ということです。ただ私個人としては、十分な検証を重ねた上でゆっくり慎重に変化させるのならば、人為的な生物や生態系の加工もアリだと考えています。現実的に言っても、この分野の発展は今後さらに加速していくでしょうし、その流れはもう誰にも止められないでしょう。

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